鏡の不思議
浄土真宗本願寺派 教誨師 眞谷誠祐
平成24年6月 新潟刑務所「すがた」 掲載



 鏡の前に立った自分を想像してみてください。
 私が右手を挙げると、鏡の中の私は、その左手に当たる手を挙げます。
 鏡はなぜこのように左右反対に映るのでしょうか?
 
 当たり前だと思われるかもしれませんが、これが実は不思議なことなのだそうです。
 ノーベル物理学賞をもらった朝永(ともなが)振一郎(しんいちろう)という方が、今から40年ほど前に『鏡の中の世界』という本を書いて、この問題を投げかけています。「鏡に映る映像の世界では、上下はそのままなのに、たとえば自分の左の胸ポケットが映像の人物にとっては右にあるように、左右が逆になっているのはなぜだろう」というのです。
 
 さてそれでは、この疑問に対する、ある学者の解答をここに説明してみます。この方は東京大学理学部物理学科出身で、東京工業大学の名誉教授という大変な方ですから、きっと間違いない解答なのだと思います。
 
 結論から言いますと、「鏡に映った映像は、前後が逆になっているだけで、左右は逆になってはいない。」というのです。
 ただ、「鏡の前に立った私は、鏡に映った自分を、鏡の向こうに行ってこちらを向いた自分の姿だと思い込んで、鏡に映っている映像である相手の気持ちになって、自分の左方向は映像である相手にとって右方向であると錯覚しているだけ」だというのです。
 
 私たちは、誰かと向かい合って話すとき、自分が右だと思っている方向は相手にとって左方向であること、自分が前だと思っている方向は相手にとって後ろであることを理解していて、無意識に相手の気持ちになって考えているのだと説明がされていました。この相手の気持ちになって考える習慣が、鏡は左右反対に映ると、私に思い込ませていたということのようです。
 
 このことから、人間には相手の気持ちになって考える本能が備わっていると言えるかもしれません。その大事な本能を、私の持つ大きな欲望が覆(おお)い隠(かく)しているのが、今の私の生活だとおもえて、反省させられました。
 
 それにしても、学者さんが何でこんな当たり前のことを不思議に思うのかは、私にはよく分かりません。