東日本大震災から1年

平成24年8月 林徳寺仏教壮年会報「誠心」 掲載



  昨年3月11日の東日本大震災から、まもなく一年半が経過します。福島の原発事故が重なったことから、がれきの処理さえままならない状態で、いつになったら復興という声を聞くことができるのか、全く先が見えません。被災者の皆様のご苦労は、大変なものだと思います。
 今年の3月、新潟市内の真宗仏光寺派、願隨寺様の住職夫妻と、私たち夫婦の4人で、仙台へ『東日本大震災一周忌 仙台湾洋上慰霊』に参加してきました。
 これは3月12日(月)に、太平洋フェリー株式会社の大型フェリーで仙台湾を周遊し、参加した皆さんで船上で一周忌の行事を行った後、洋上へ献花をしようという催しです。「新潟県仏教会を代表して行ってこい」という会長からの指示もあって、出席することになったものです。
 私たち夫婦は前日の3月11日に車で仙台に向かいました。お昼過ぎに着きましたので、宿で願隨寺様ご夫妻と落ち合う前に周辺を散策してみようと考えて、車で海岸付近を走ってみました。
 
 特に、地震直後の津波のテレビ放送で、仙台空港周辺で多くの自動車や飛行機さえもが流されている場面を見たことが、大変に強く印象に残っていましたので、名取市にある仙台空港の周辺を目指しました。
 空港から海岸までは2キロメートルほどの距離がありました。その間には当然住宅街があったはずなのですが、行ってみるとただの砂原が広がっていました。車のがれきとでもいうべき山や、本当のがれきの山、そのほか崩れた道路の跡や数本残された防風林の松など、見るも痛ましい風景が広がって、呆然としながら車を走らせていました。

   
がれきの山など 

 海岸に近い道路上に車を止め周囲を歩いていますと、一台のトラックが砂にはまり込んで動けなくなっていました。車輪が回るごとに砂が跳ね上がるばかりで、蟻地獄にはまった状態です。そこで家内と二人手伝いに行き、他の皆さんと一緒に後ろから押して、何とかその穴から抜け出すことだけはできました。
 その後お話を伺いますと、そのトラックを運転していた方は、地震の前までその辺りで乗馬クラブをされていた方でした。41頭の馬を飼って、大規模に運営されていたようです。「この辺りが厩舎でここが事務所、あそこに馬の運動場があって…」と説明を受けましたが、残念ながらその痕跡さえ残っていません。
 
 馬は41頭中39頭が犠牲になったとお聞きしました。津波の引いた後に跡地に来てみると、2頭だけが奇跡的に、草を食べていたそうです。ただ、犠牲になった馬の遺体は全て発見できたそうです。周辺の防風林の松に引っかかっていた馬や、空港の滑走路に横たわっていた馬、さらにそれより内陸に海岸と平行に走っている高速道路の土盛りに空いた、狭い通路に挟まるようにして横たわっていた馬など、時間はかかったけれど全て発見できたとお聞きし、何とも言えないつらい思いでした。
 この日は馬の一周忌をするために、関係者が皆さん集まってこられるというのです。確かに、それから続々と車がその場にやってきて、多くの人が集ってこられました。震災が起きた午後2時46分に、参加者全員で黙祷をする予定だということで、気付いてみるとその数分前という時間でした。

   
馬の一周忌に集まった皆さん 

 このとき私は、震災による犠牲という点で、人間の命のことにしか思いが至っていなかったことに初めて気付きました。実際には、人間の何倍もの動物や植物の命が犠牲になっていたはずです。そのことに全く目が向いていなかったのです。
 仏教では、『一切悉有仏性』といい、全ての命に仏になる種があると教えています。あらゆる命が、仏になる種を持った、等しく尊い命だというのです。ところが私は、人間の命のみを重要視して、それ以外の命を気に掛けることさえしていませんでした。このとき、馬の一周忌をするために自らも不便な生活を続けているであろう方達が、避難生活を送る全国各地から大勢集まってこられた様子を拝見して、本当に恥ずかしい思いをしました。仏様に叱られたような思いでした。
 家内とともに黙祷に参加させていただき、お礼を申し上げて車に乗り込みましたが、その後は、二人ともに何とも言葉にできない恥ずかしさと、そして感動を味わいながらのドライブでした。
 翌日は、願隨寺様ご夫妻とともにフェリーに乗船し、『東日本大震災一周忌 仙台湾洋上慰霊』に参加しました。乗船した船は太平洋フェリーの「きたかみ」という、総トン数14000トンの大型フェリーです。
 12時に出港、船内のラウンジを会場に慰霊祭が無宗教の形で行われました。慰霊祭では、津波でご両親とその住まいを失い、ご自身の住まいも流失された、東松島市の女性が、遺族代表として思いをお話し下さいました。

 

 慰霊祭の後は、全員がデッキに出て洋上献花をすることになっています。その前にせっかく参加したのだからと、願隨寺様ご住職とともに海に向かって読経させていただきました。その際、北海道から参加された高野山真言宗の僧侶の皆さんも同じように読経をしておられ、参加くださった大勢の皆さんも合掌して下さいました。
 お聞きすると、この船には石巻市や東松島市の方が多く乗っておられたようです。海上から、まだ津波被害の痕も生々しい海岸地域の様子が見え、さぞつらい、切ない思いでおられたことであろうと思います。
 フェリーの汽笛を合図に一斉に献花し、その後合掌しておりますと、私でさえも涙が止まらなくなってしまいました。

   

 最後に慰霊祭の会場で、北海道から20名以上でおいで下さった高野山真言宗の皆様が一周忌の法要を行って下さいました。是非とも大震災の犠牲者を追悼したいという思いから、皆さんで心を合わせておいで下さった事は、本当に頭の下がる思いです。法要実施に際して、私と願隨寺様にもお声をおかけ下さって、お経本を頂戴し、末席に加わることをお許しいただきました。

 この法要は主催者とは無関係に行われたものですから、参拝は自由参加という形でしたが、おそらく乗船された方の大多数は参拝下さったのではないかと思います。 不慣れで足手まといの私たちが加わっておりましたが、厳粛な雰囲気の中で無事に法要が行われ、参加させていただいたことを本当に有り難く感謝申し上げたことでした。
今 回の旅は貴重な出会いに恵まれ、私のこれからの人生に大きな影響を与えてくれる旅になりました。そして、これからも大震災被災者へのお力添えを長く継続していかなければという思いを、一層強めた旅でもありました。