浄土真宗の教章

平成21年8月 林徳寺仏教壮年会報「誠心」 掲載



 平成二十年四月十五日、本山恒例の「春の法要」に引き続き行われたご親教で、御門主は「浄土真宗の教章」を述べられました。
 これは、浄土真宗本願寺派の教えの要旨であり、教えを理解するための手引きでもあります。是非御門徒の皆様に知っていただきたく、ご紹介いたします。
    

         『浄土真宗の教章(私の歩む道)』


   宗名 浄土真宗


   宗祖 親鸞聖人
        ご誕生一一七三年五月二十一日(承安三年四月一日)
        ご往生一二六三年一月十六日(弘長二年十一月二十八日)


   宗派 浄土真宗本願寺派


   本山 龍谷山本願寺(西本願寺)


   本尊 阿弥陀如来(南無阿弥陀仏)


   聖典 
     ・釈迦如来が説かれた『浄土三部経』
        『仏説無量寿経』
        『仏説観無量寿経』
        『仏説阿弥陀経』
     ・宗祖親鸞聖人が著述された主な聖教
        『正信念仏偈』(『教行信証』行巻末の偈文)
        『浄土和讃』
        『高僧和讃』
        『正像末和讃』
     ・中興の祖 蓮如上人のお手紙
        『御文章』


   教義 阿弥陀如来の本願力によって信心をめぐまれ、念仏を申す人生を歩み、この世の縁が尽きるとき浄土に
      生まれて仏となり、迷いの世に還って人びとを教化する。


   生活 親鸞聖人の教えにみちびかれて、阿弥陀如来のみ心を聞き、念仏を称えつつ、つねにわが身をふりかえり、
      慚愧と歓喜のうちに、現世祈祷などにたよることなく、御恩報謝の生活を送る。


   宗門 この宗門は、親鸞聖人の教えを仰ぎ、念仏を申す人々の集う同朋教団であり、人々に阿弥陀如来の智慧と
      慈悲を伝える教団である。それによって、自他ともに心豊かに生きることのできる社会の実現に貢献する。


 これらの内容について、少し説明をいたします。


 最初の「宗名」というのは、私たちが信じる教えの名前です。親鸞聖人が、教えの根本聖典として書かれた『教行信証』という書物は、「つつしんで浄土真宗を案ずるに」という書出しになっています。このことから、親鸞聖人の教えを受け継ぐ私たちは、浄土真宗という教えを伝えていただいたということになるのです。


 「宗祖」とは、いうまでもなく私たちに教えを遺してくださった方のことです。「御開山様」とも呼ばれます。今、新潟日報で五木寛之氏の『親鸞』が連載されています。私も毎朝楽しみに読んでいますが、この小説の主人公が私たちの宗祖、親鸞聖人です。二〇一一年から二〇一二年にかけて、聖人の七五〇回忌の「大遠忌法要」が本山で行われることになっています。皆様と一緒に参拝出来ることを楽しみにしています。


 次に「宗派」というのは、林徳寺が属している団体の名前です。同じ親鸞聖人の教えを受け継ぐ仲間でも、それぞれがいくつかの団体に別れて活動をしているのです。林徳寺は、ここにあるように「浄土真宗本願寺派」という団体に属しています。通称「お西」といわれている団体です。これは、次の「本山」に示されているように京都の「西本願寺」を本山にする団体で、それで「お西」という通称で呼ばれているのです。また、通称「お東」と呼ばれる団体もあります。こちらは京都の「東本願寺」を本山とする団体ですが、その団体としての正式な名前は「真宗大谷派」といいます。林徳寺の所属する「浄土真宗」に対して「真宗」ですから、「宗」の名前から違っているのです。そのほかには、「真宗高田派」や「真宗仏光寺派」などのお寺が新潟県内にあります。また上越市には「真宗浄興寺派」の本山もあります。一度は参拝に行ってみたいものです。


 次に、私たちが参拝する対象である「本尊」ですが、これは阿弥陀如来という仏様です。この仏様を木像で表したものが林徳寺の御本尊ですし、絵で表したものが皆様のお宅の仏壇に安置されている本尊様です。また、この仏様を言葉で表すと「南無阿弥陀仏」となるのです。「なもあみだぶつ」がなまって「なんまんだぶ」と私の口から出て下さいますが、これは「本尊様」が私の口から出てくださるお姿だと言えます。そのことに気付くと、本当にありがたいことだと味わわれます。


 私たちが大切にすべき「聖典」には、三通りのものがあります。一つはお釈迦様のお説きになった教えを表したお経です。その中でも親鸞聖人が大切にされたのは、「浄土三部経」といわれるお経でした。次に、親鸞聖人のお書きになった主な書物があげられます。そして三番目は、蓮如上人の御文章です。このいずれも、私たちが機会あるごとに拝読しているものです。


 最後に文章で「教義」「生活」「宗門」と、浄土真宗の教え、その教えを信じる私たちの生活、そしてそのような生活をする信者の集まりである教団の特徴をまとめています。私たちもここに示されたような生活を送って、命終わったときには浄土に生まれ、仏様にさせていただきたいものです。

 親鸞聖人の和讃に、


   南無阿弥陀仏をとなふれば
   十方無量の諸仏は
   百重千重囲繞して
   よろこびまもりたまふなり


とあります。私が念仏を称えたならば、今は仏となられた多くの先祖たちが、私を百重も千重も取り囲んで、喜び護ってくださるというのです。そのように、多くの仏様方に見守られて生きていられることは、本当にありがたく幸せなことです。そして「さすがは私の子孫だ。よくがんばっているな。」と思ってもらいたいという、生きる意欲もわいてきます。


 さらには、私が命終わったときには、今度は私が子や孫を喜び護る仏様方の一人になられるということでもあります。これは何よりもうれしいことです。このように信じることで、私たちは本当の意味で幸せな、心豊かな生活が出来るのです。
 親鸞聖人の教えを信じる私たちは、本当の幸せを教えて頂いた事への感謝の思いをもち、その御恩に報いるための報恩の生活をすることが大切だと、この「教章」から教えて頂いたように思います。