林徳寺の本堂を改修しました

平成20年8月 林徳寺仏教壮年会報「誠心」 掲載



 すでにご存じの方も多いかと思いますが、平成二十年の一月から三月までの三ヶ月をかけて、林徳寺の本堂を改修する工事をいたしました。
 
 林徳寺が、文禄(ぶんろく)年間(1593〜1596)に大阪市生野区(いくのく)林寺(はやしじ)からこの新潟市江南区江口に移転して、四百十年ほどの年月が過ぎました。創建当初の本堂がどの様な物であったかは、残念ながら全くわかりません。ただ、現在の阿賀野川の中州付近に建っていたことは間違いないようです。
 
 その後、川の氾濫による川筋の変化のため、享保(きょうほう)年間(1716〜1736)に江口村高見小路に移転をし、さらに寛政(かんせい)元年(1789)に現在地に移転をしています。この間は、創建当初の本堂を解体して移動し、再び組み立てるということを繰り返していたものと思われます。
 
 この二回の移転によって、本堂がかなり損傷をしたことは間違いありません。そこで第十一代住職乗山(じょうざん)は本堂の新築を志し、寛政八年(1796)に完成しました。この本堂は、新潟市江南区本所の光桂寺様と同じ本堂を、同じ棟梁が建てたものであったといわれています。ところが完成直後の享和(きょうわ)二年(1802)に、この本堂は火災のため庫裏もろともに焼失してしまいました。
 
 そのため、文化十年(1813)に再び建てられたのが現在の本堂です。これは、将来本格的な本堂を再建するまでの仮本堂として建てられたと伝えられています。
 そう言われると確かに、間口は七間あって十分ですがそれに比較して奥行きがやや不足しているなどの欠点が見られることは間違いありません。しかし、優美な屋根の形は他のどのお寺の本堂にも負けないすばらしいものだと思われます。また現在に至るまで二百年近くにわたって、地震や台風にも負けず立派に立ち続けている事にも驚かされます。このようにとても仮本堂とは思われない建物ですし、むしろ現在では、このまま維持し続けることこそ重要であると考えています。
 
 そこで、この本堂を維持し続けるための補修工事を、各住職の代に何度か実施してきました。大正六年(1917)に第十三代住職諦麟(たいりん)は、屋根を瓦葺きに変える大工事を実施しました。昭和四十五年(1970)に第十五代住職誠慧(じょうえ)は、屋根瓦の葺き替えと内陣(ないじん)(仏様が安置されている本堂の一段高い部分)の荘厳(しょうごん)整備の工事を行いました。ところがこの間、床板についてはほとんど手を加えていなかったようなのです。
 
 近年、本堂内を歩くと床が沈み込むような部分が目立ってきていました。そこで、普段からお世話になっていて林徳寺門徒でもある江口の「窪田大工(窪田吉三郎)」さんに調べていただいたところ、床板を支えている根太(ねだ)が何カ所か折れていることなどがわかってきました。多くの参拝者を支える床のことですし、事故があっては大変です。またこれまで、いつか機会があったらと念願していた、風除室や車いす用のリフトもこの際に併せて設置しようと、御門徒の皆様に協力をいただいて、第十六代住職誠祐(じょうゆう)一世一代の工事を、この平成二十年(2008)に実施することになったのです。
 
 工事は一月半ば過ぎから始められました。床板をはぐったところ、二百年前の根太がほとんどそのまま出てきました。細い丸太を二つに割って、そのまま並べたような状態です。現在とはずいぶん異なった工法ですが、自然のままの木材を上手に活用したものだと感心させられます。折れた部分は取り替えていただきましたが、それ以外はできる限り残し、その上に現代風の根太をきれいに並べていただきました。
 
 今回の工事では、本堂の参拝者席に畳を敷かず、檜板の床板の上にカーペットを敷いて、椅子席にしました。畳の上に正座することが難しい方も大勢参拝されますので、このような形にいたしました。おかげさまで完成後の参拝者からは好評をいただき喜んでいます。

 
 また新たに六角灯籠を二基、本堂前方の天井に設置いたしました。これまでのものと併せて三基で本堂を照らすことになり、ずいぶん明るくなって喜んでいます。この二基の内、一基を誠心会からご寄付いただきました。以前からのものも誠心会からご寄付いただいておりますので、本当にありがたく思っています。
 
 さらに今回は、床の修繕にあわせて、前述の風除室と車いす用リフトを設置しました。風除室ができて、本堂がより大きく立派に見えるように思われます。また冬場は風が入ることもなく、本堂内が暖かくなることも間違いありません。ただ夏の暑さがどの程度かが少し気がかりではあります。
 
 車いす用のリフトは三月の末に設置されましたが、それ以来各月にひとりの割合でお使いいただいています。この方々は、これまでは本堂に入ることをあきらめておられたのかもしれないと思いますと、本当に申し訳なかったと思いますし、今回思い切って設置して良かったという喜びも感じます。今後は事故等に十分注意して、活用していくつもりです。
 
 今回の工事終了に伴い、細かな木くずなどでどうしても金箔部分等が汚れるため、新潟市東区竹尾に店を構える「トーア仏壇」に掃除をしていただきました。このお店は本社が長岡市内にあるため、近年の中越地方の地震によって被害を受けた寺社などの文化財修復をたくさん手がけていて、安心してまかせられる実績を持っているのです。その掃除の際に本尊様を見ていただいたところ、「京都の名のある仏師の作だと思うが、金箔が痛んでいてもったいないことだ」と言われました。そこで実際に解体したところ、阿弥陀様の足の付け根に「康雲」という作者の名前が書かれていました。この仏師は、元禄(げんろく)(1688〜1704)年間頃に京都を中心に活躍していた仏師です。現在から約三百年前、この本堂を建てた時代からでも百年以上も前に活躍した方の作品が林徳寺の本尊であったことがわかったのです。そのような由緒ある本尊様であれば、この際きれいに修繕していただこうと言うことになり、「トーア仏壇」にお願いしました。
 
 六月十三日に立派に修復された本尊様がお帰りくださり、本堂にこれまで同様御安置しています。それまでの金箔や漆を完全に取り去って、木の下地が現れるようにしたうえで、新たに漆等を塗り重ね、金箔をしていただいたものです。仏師が彫った本来の姿をそのまま現したお姿に戻られたと言えます。お顔もより一層麗しくなられました。実際のお姿は、どうぞ本堂をお参りして拝んでいただきたいと思います。

 
 今後もこの本堂を維持し続けられるよう、皆様のご協力のもと、がんばっていきたいと思っています。


                ※写真は本堂改修のページをご覧ください