ポチ子との御縁

平成18年8月 林徳寺仏教壮年会報「誠心」 掲載


 

ポチ子

 昨年のお盆過ぎのことです。墓地に犬がいるのに気付きました。その犬は、薄汚れている上に、気味が悪いほど痩せていて、人が近付くと、よたよたと逃げていくのです。赤い革の首輪をしてはいるのですが、どう見ても捨て犬のようでした。

 これは困った、こんな所で死なれたら大迷惑だから、早くどこかへ行ってくれればいいのに、と思いましたが、どうやら夜は墓地で寝ているようです。人を見るとすぐに逃げるので捕まえることもできずに何日かが過ぎました。

 長女は、自分が犬嫌いなのに、飼ってあげれば、と無責任に私に言って、京都へ戻っていきました。私は、前の年から捨て猫を一匹飼っていましたので、もう動物はたくさんだと思っていました。犬の世話や散歩など、私には到底無理だと思ったのです。

 数日してから、母が私に
「お金は私が出すから、犬のえさを買ってやってくれないかね。」

と言ってくれました。毎日弱々しい犬を見ていて、とてもかわいそうで、もっと前から思っていたけれど、なかなか言い出せなかったそうです。私も同じ気持ちになっていて、実はその日、買い物のついでに犬のえさを買ってきていたのです。

 同じ思いの母の言葉に力を得、それから毎日えさをあげるようになったのですが、人が見ている間は絶対に食べないで、いなくなるとこっそり食べているようでした。

 いつまでもこうしてはおかれないと、保健所に飼い主がいないかどうか調べてもらいましたが、捨て犬に間違いないとの事でした。それで、保健所から捕獲用のオリを借りました。ところが、毎日野良猫が次々と入るばかりで、肝心の犬が入ってくれません。一週間その繰り返しで、とうとう保健所にオリをお返ししました。

 仕方なく、えさと水だけは毎日置くようにしていました。相変わらず人間の近くには寄ってきませんでしたが。

 そうこうしているうちに、段々寒くなってきて、墓地にも寝ていられなくなったのか、夜はどこか別の所へ行っているようでした。でも、えさは毎日食べに来ていましたので、そのうちに馴れてきて天気の良い日には、車庫の前で昼寝する姿も見られるようになってきました。この頃になると、もうすっかり情が移ってしまい、家族全員がこの犬を飼うつもりになっていました。

 犬小屋や引き綱も用意して、あとは捕まえるばかりなのですが、なかなか捕まりません。一度なんとか捕まえたのに、何時間も経たないうちに逃げ出してしまった事もあります。それでも、次の日には、えさを食べにやってきました。

 前住職や住職が月参りに出かける時には、後をついて行くようにもなってきました。母の手から直接えさを食べるようにもなり、えさをねだって「ワン」と一声吠えるようにもなりました。

 そして今年の一月の末に、とうとう住職が一人で捕まえてくれてやっと我が家の家族の仲間入りを果たしました。出会ってから約半年後の出来事でした。名前は、母が「ポチ」と呼んではえさをやっていたので「ポチ」に決まりかけたのですが、女の子というので、「ポチ子」に決定しました。

 皆様がおいでになると、吠えますが、噛みついたりはしないのでお許しください。先住猫の「ミケ」共々、お世話になりますが、よろしくお願いいたします。

 たかだか犬一匹の話で長々と恐縮ですが、この一連の出来事を通して、いろいろな事を考えさせられました。私は前々から、猫や犬を飼う事は絶対にあり得ないと思いこんでいましたが、このような御縁があれば、人は、いかようにも変わるものだということです。人生のなかで、絶対という事はないんだと、つくづく思い知らされました。

 犬の散歩ひとつでも、あんな面倒なこと、私にはとてもできないと思っていたのに、散歩のおかげで季節の移ろいを感じさせてもらい健康な体作りをさせてもらう等、今まで気付かずにいた様々な事を教えてもらう事ができました。

 そして何よりも、野良犬だったポチ子にえさを下さったり、優しくして下さったご近所の皆様方のお心に触れることができましたこと、大変ありがたく、また、嬉しい思いを味わわせてもらいました。