流罪800年

平成18年8月 林徳寺仏教壮年会報「誠心」 掲載

 

 今から6年後の平成24年1月16日は親鸞聖人の750回忌にあたります。

 そこで私たちの本山である京都西本願寺は、平成23年4月を最初に翌年の1月までほぼ毎月、9日から16日の8日間にわたって、継続した法要を行います。この法要には全国からのべ数十万人の御門徒が御参拝くださるものと期待されます。もちろん林徳寺門徒の皆様にも詳細が決まりましたらご案内して、団体で参拝したいと考えています。どうぞその時までお丈夫でいてくださいますようお願いします。

 もしそんな先まで我慢できないという方が多くおられるようでしたら、平成20年には御影堂の平成大修復が終了する予定ですので、その後に参拝旅行を計画したいとも考えています。どうぞこちらの方もご期待いただきたいと思います。

 この750回忌法要ですが、そのスローガンとして『世のなか安穏(あんのん)なれ』という言葉が採用されました。これは親鸞聖人がお書きくださったお手紙のなかにある言葉です。安穏とは「平和で穏やかなこと」を表す言葉です。親鸞聖人がお暮らしになったのは、平安時代から鎌倉時代にかけての、日本中が「戦(いくさ)」に明け暮れた時代でした。その時代において、仏法が広まり世の中が平穏であることを願われたのが親鸞聖人です。共に仏となる生命を生きているもの同士が、互いに敬い支え合って生きることを説く仏教こそが、本当に平穏な世の中を作り出すことができると信じられたのです。

 現代も、日本の国土においてこそ戦争はありませんが、様々に不安な出来事が起こっています。これを書いている7月6日の前日には、北朝鮮が日本海に向けてミサイルを7発発射するという出来事がありました。この『誠心』が発行される頃までには、また新たな何かが起こっているのではないかと不安を覚えます。このように親鸞聖人が亡くなられて 750年もたつ現代においても、人間は少しも変わっていないのは残念というしかありません。今聖人がおられたらやはりお手紙に『世のなか安穏なれ』とお書きになったでしょう。このスローガンを、私たちへの聖人からの大切な伝言と受け止めたいと思います。

 750回忌法要に先立って、来年の平成19年は私たち新潟県の浄土真宗門徒にとって記念の年になります。実は、来年は聖人が越後に流罪となって800年目にあたるのです。聖人は承元の念仏弾圧(1207年)によって越後国府の地へ流罪となられました。それからちょうど800年が過ぎ去ったことになります。

 大谷派(お東)では、上越地方を中心とする高田教区で、来年一年間を「越後御流罪800年法要年」と位置づけて、法要や記念大会を開催されます。私たち本願寺派(お西)では、やはり上越地方を中心とする国府教区があります。この教区で何らかの対応がなされるのだろうと思いますが、まだ詳しいことはわかりません。来年のことですから、できるだけ早くに広く広報をして、全国から参拝者を集めるような取り組みがほしいと思うのですが、新潟県人の奥ゆかしさからそのようにはなっていません。それどころか、来年が新潟県内の真宗門徒にとって記念すべき年であることを知らない方がほとんどではないでしょうか。少し残念な気がします。

 聖人が流罪になられたのは今の新潟県上越市です。ですから来年の800年法要が上越地方を中心に行われるのは当然のことですが、私たちも同じ新潟県民としていろいろと関心を持っていたいと思います。上越方面に出かけられる際は、聖人に関わる旧跡を巡ってみられるのもよいのではないでしょうか。上越市一帯には、聖人が上陸された『居多ヶ浜』や聖人の配所といわれる『竹之内草庵』、その後移り住まわれた『竹ヶ前草庵』跡に建つ『小丸山別院』など多くの旧跡があります。そして越後親鸞七不思議の一つである『片葉の葦』も知られているところです。

 そのほか、旧板倉町には聖人の奥様『恵信尼様』の廟所があります。「そこなら私はすでにお参りしました」とおっしゃる方もあるかと思います。ところがこの廟所は、平成16年から大幅な整備工事が行われて、昔とは全く異なる姿に変わっているのです。さらにはその隣に『ゑしんの里記念館』が旧板倉町によって建設されました。ここには多くの貴重な資料が展示され、それを無料で見学することができます。広い無料駐車場も整備されていますので、もう一度お参りいただく価値は十分にあると思います。是非出かけてみてください。

 林徳寺門徒の皆様はご存じでしょうが、私の家内は旧板倉町にある浄土真宗本願寺派、浄覚寺の生まれです。そしてこの地に昔からあった五輪の塔を、恵信尼様のお墓であると確定することに尽力されたのが家内の祖父、藤田摂受師でした。平成13年に満100才で亡くなりましたが、最後まで頭も身体もしっかりとしておられました。私たちがおじゃまするといつもにこやかにお迎えくださり、子どもたちをかわいがってくださったことが思い出されます。

 そのようなことで、恵信尼様の廟所は私には非常に縁の深いところです。お参りくださる際に、そんなことも少し思い出していただければと思います。