如来様におまかせ

平成17年8月 林徳寺仏教壮年会報「誠心」 掲載

 

  広島にお住まいの男性から、こんな相談をうけました。
 その方は結婚をしたいと思う女性と出会われました。相手は海外生まれの方なのですが、本当に心から愛し合うことのできる方であると喜んでおられます。ただ、一つだけ大きな問題があると言うのです。

 ご自身は浄土真宗本願寺派の熱心な御門徒で、親鸞聖人の教えを心のよりどころとしておられます。一方相手の女性はクリスチャン、すなわちキリスト教の信者だと言うのです。ですからお互いそれぞれが心のよりどころとなる宗教が異なる事になり、このことをどう受け止めてこれから暮らして良いのかわからないと悩んでおられるのです。それについて浄土真宗の教えの上から、何かよいアドバイスはないかというご相談でした。

 最初にこのご相談をいただいたとき、私は本当にうれしく思いました。今の時代に、このようなことを問題だと受け止めてくださる方がまだいてくださったことが、本当にありがたかったのです。

 ほとんどの日本人が、生きるより所としての宗教を持たないのが現代ではないでしょうか。ですから宗教が結婚の障害になったなどと言うことは、ほとんど耳にすることはありません。この方の悩みが理解できない日本人が多いのではないかと思えます。

 幸いに、林徳寺と御縁をつないでいてくださる皆様は、仏様を大事にしておられますし、自分もいつか仏様になる人生を生きているのだということを、しっかりと自覚していてくださいます。その立場からこの相談を受け止めると、相談者の悩みがわかっていただけることでしょう。

 仏様になる人生を歩むものと、神の元にいく人生を歩むものですから、その生き方は確かに違ってくることでしょう。ましてや生命終わった後は、全く違う世界にいくことになります。信心が深ければ深いほど悩みも大きいと言うことでしょう。

 この相談をいただいて、私は『河村とし子』という方のことを思い出しました。この方は大正の末に、兵庫県明石市で生まれられました。非常に熱心なキリスト教信者の家庭で、おじいさまは自分の土地に教会を建ててしまわれたのだそうです。その影響からとし子さんも、幼いころからキリスト教の信仰を頼りとする生活を送っておられました。

 東京女子大というキリスト教系の大学に進み、生涯キリスト教の信仰に生きるつもりでおられたとし子さんが、やはり勉学のために山口県萩市から上京しておられたご主人と出会い結婚されました。その結婚の条件は、生涯東京で暮らすことと、キリスト教は決して捨てないと言うことでした。

 ところがあの戦争が始まり、生涯暮らすはずだった東京は空襲で焼け野原となりました。そこでやむを得ずご主人の実家に疎開せざるを得なくなったのです。そこは山あいの、三軒しか家がないというところで、年老いた両親が農業をして暮らしておられました。

 この両親が「人間として一番大切なことは、お寺に参って仏法を聴聞すること。仕事というのは、お聴聞をしたあまりがけですればよい」と言うことを家訓として守ってきた、本当の念仏者でありました。ですから歩いて行ける所でお寺の行事があると、菩提寺であろうがよそのお寺であろうが関係なく、日当を出して雇っている人たちも皆引き連れてお参りに行くのです。そして帰ってくると、その聞いてきたことをもとに、皆でうれしそうに語り合うというのです。

 とし子さんはこの両親と同居して、何という程度の低い宗教を信じているかわいそうな人たちだと思い、毎晩聖書を持って両親の部屋を訪れたそうです。そして一生懸命キリスト教の教えを説いたのだそうです。両親はいつもにこにこしながら「そうか、そうか」と言って聞いてくれたそうです。この分ならまもなくクリスチャンになってくれるかも知れないと期待するほど熱心に聞いてくれたそうですが、もちろん聴聞の日々が変わることはありませんでした。

 そのうちにとし子さんは、お寺というのはいったいどんな良いことがある所なのかと興味を持つようになりました。そこで一度その様子をのぞいてみようとついて行ったのです。その時に聞いたのが「善人なおもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」という『歎異抄』のお話でした。

 キリスト教では、善人は救われ悪人は裁かれるのだそうです。ところが阿弥陀様の救いの目当てはむしろ悪人であるという浄土真宗の教えに出会って、とし子さんは感動されました。そしてこれを機会に仏教にそして浄土真宗に目覚めていかれたのです。

 そして初めてご両親の生活全てが納得できるようになりました。「御門徒である私達は、お念仏の中で先立った人たちと会うたり、話したりできるから幸せじゃのう」と、成人した子ども四人に先立たれながら、安らかに幸せそうに暮らしておられることが理解できたのです。

 その後とし子さんが「あのときはどんなにか情けなかったでしょうね。よくあんなににこにこして、毎晩毎晩聞いてくださったことですね」と、疎開した直後のことを聞きますと、姑さんは「いやのう。ちょっとも情けないとも思わんし、腹が立ったり、悲しかったりということはちょっともなかった。こうして毎晩、一生懸命キリスト教を説きにきてくれるこの嫁だけど、ご縁あってうちの嫁になった人じゃから、如来様におまかせしときゃええと私は思うとった」と答えられたのです。

 私が今回の相談に対して言えたことも、このことだけでした。何事も「如来様におまかせ」することしか私達にはできません。この広島のお二人が結婚されても、死ぬまで信じるものが異なったままかも知れませんし、どちらかに惹かれて変わることがあるかも知れません。いずれも私達人間のはからいを超えた世界のことです。

 私達は生きている中で、これは自分で選んで決めたことだと思いこんでいることがいくつかありますが、よくよく考えてみると本当はそれも、多くの縁によってそのようにさせていただいたのであったと気づかされるものです。

 多くの縁によって今の私があると感じる毎に、全ての出会いは尊いものであったとつくづく思われます。如来様におまかせした中で、毎日を精一杯生き抜いていきたいものです。