本山参拝記W(2010.6.9.〜11.)

 

 住職とご門徒の皆さん、総勢47名で、本山参拝旅行をしてきました。
 
 昨年の6月に実施予定だった旅行ですが、昨年は関西方面での新型インフルエンザの流行でやむなく中止しました。
 今考えれば、あのときに行っていればどんなに良かっただろうと思えてなりません。
 インフルエンザの流行が報道された程心配されるものでなかったこともありますが、この旅行を楽しみにしていてくださった方で、この一年の間に、様々な事情から参加できなくなってしまった方が出てしまわれたことが、何より残念でした。特に今年の旅行の直前に亡くなってしまわれた方は、毎回旅行に参加され、今回も本当に心待ちにしてくださっていました。残念でなりません。
 
 では旅行の詳細を以下に紹介します。

一日目 2010.6.9.(水)                  

 新潟空港に7時15分集合。JAL便にて大阪伊丹空港に向かいました。
 
 京都到着後、大谷本廟を参拝しました。
 本廟では、同じ新潟市内の本派寺院住職でもおられる、阿部本廟局長にお会いし、ともに記念写真にも入って頂いて、感激でした。
 
 本廟内を御案内頂き、お茶の接待をいただいた後、清水寺に回りました。
 その後産寧坂のお店で昼食、いよいよこの旅行の大事な目的である本山参拝です。
 

 本山では、修復なった御影堂や阿弥陀堂の参拝、書院や飛雲閣の拝観と、盛りだくさんの内容でした。
 しかも書院・飛雲閣などを案内してくださったのは、住職と中央仏教学院で同期だった、村上課長でした。
 何年ぶりの再会で懐かしかったですが、何よりその解説が名調子で、吉本の芸人も顔負けのものでした。参加者の皆さんも心から楽しんでくださったようでした。

二日目 2010.6.10.(木)


 
翌朝は、本山のお晨朝に参拝後、
ホテルで朝食。その後大阪に向かいました。
 この日は大阪観光もありますが、最大の目的地は大阪城です。
 
 今大阪城のある地に、当時の浄土真宗の本山、石山本願寺があった頃、住職の先祖と御門徒の先祖が、ともに立て籠もって織田信長軍と戦ったという言い伝えがあります。
 その故地を、今回初めて訪れることにしたのです。
 左の写真は、大阪城内の、「石山本願寺推定地の碑」前での、ともに立て籠もってくださった御門徒である、岡田家、三原家、田辺家の方々と住職です。
 このほか、深沢家、野ア家、大澤家、小熊家などの方々が、この時代から林徳寺とおつきあいをしてくださっているといわれています。
 この碑があることを知り、是非とも訪れたいと思っていた願いがかない、本当に感激でした。
 
 今回の旅行の、本山参拝に次ぐ目的である大阪城、特に「石山本願寺推定地の碑」を見ることができ、そこでの記念撮影をしたほかは、観光に終始しました。
 左は四天王寺です。
 住職も聖徳太子ゆかりのお寺でありながら、これまで参拝したことが無く、今回はゆっくり参拝させてもらいました。
 大阪市内に、このような広大な境内を有する寺があることは、親鸞聖人が「和国の教主」と尊ばれた聖徳太子への信仰心が、今も失われていないことをあらわしていると感じました。
 
 このほか、吉本の「なんば花月」で漫才や落語、新喜劇などを楽しんだ後、今晩の宿、神戸・須磨温泉に移動しました。

三日目 2010.6.11.(金)                  

 須磨温泉の宿から、数分のところに須磨寺があります。ここは各自自由参拝でしたが、多くの方が朝の散歩がてら参拝されたようでした。
 有名な青葉の笛などが、自由に無料で入れる宝物館に展示されていて驚きました。

 また、須磨寺の参道には良寛様の歌碑もあり、新潟を遙か遠く離れた地で、良寛様のお名前に接してうれしく思いました。

 最終日は神戸市内観光です。
 西本願寺の大谷光瑞門主が別荘を建てていた跡地に、天皇家の武庫離宮ができ、戦後それが須磨離宮公園として整備された公園を散策、さらには北野観光、震災メモリアルパークと、この日も盛りだくさんの内容です。
 特に北野への坂道を、30分近く歩いたのが大変でした。
 神戸は歩かなくては楽しむことのできない街ですが、普段、隣の家へは自転車、三軒隣は車、という生活をしていることのツケが一気に回ってきたようでした。
 しかし快い疲れで、旅行の最後を締め括ることができ、良い思い出になったことは間違いありません。

 大阪空港から19:00発のJAL便で、無事帰宅となりました。