永代供養墓を建立しました

 

  
 平成28年3月末から7月始めにかけて、林徳寺の永代供養墓を建立する工事を行いました。
 その様子を紹介します。
    平成28年3月末
 これまで林徳寺の山門を入ってすぐの右側に、一基だけ立っているお墓がありました。
 こちらのお宅から、このお墓と、同じお宅が管理しておられる第二次大戦で戦死された方のお墓を、まとめて一つにしたいというお申し出をいただきました。
 この際だから、場所が最適なこともあり、時代の要請でもある「永代供養墓」をこの場所に建立しようと、工事を計画しました。
 早速、これまでのお墓(写真左)を磨き直した上で、新たな場所に移転していただくために、解体をしていただきました(写真右)。
 この後、周囲のブロック塀なども撤去し、永代供養墓の基礎工事に入りました。
 このお墓の移転から永代供養墓の建立まで、携わっていただいたのは(株)トーアさんです。
 長岡から通っていただいて、丁寧な工事をしていただきました。
 
 永代供養墓とは、個人のお墓を建立して、その後も継続してそのお墓を管理していくことが、何らかの理由で難しいと考えられる方で、この墓にご遺骨を納めることを希望された方のご遺骨を、林徳寺住職が責任をもってお預かりし、林徳寺が継続する限り、供養を続けると言うことを目的としたお墓です。
 しばらくの間は、個別に骨壺のままお預かりできるように、納骨壇も設けたいと計画していますが、スペースの限度もあって、いつまでもそのままというわけにはいきません。ですから最終的には、すべてのご遺骨を合葬することになります。
 合葬することにこだわりをお持ちの方もおられるかもしれません。ですからこの永代供養墓に入ることを希望されるかどうかは、意見の分かれるところかと思います。ただ、全国的にこのようなお墓の必要性が増していることは確かです。 
   平成28年4月はじめ 
 これまで見通せなかった駐車場から、墓地が見通せるようになりました(写真左)。このとき限りの、珍しい風景です。
 永代供養墓の基礎工事が進みます(写真右)。
 
 平成28年4月末
 永代供養墓は3室に分かれます(写真左)。
 左右の2室は、2段になっていて、全体で60体以上の骨壺を収納できます(写真右)。
   
      平成28年5月初め
  3室それぞれに石の扉をつけ、お墓の両翼は石の壁になります。
 この壁には、納まったご遺骨のお名前や法名を記載した石版をおかけします。
 全体で120名程度の方の石版をかけられる予定です。
  真ん中の一室は、合葬墓になります(写真右)。
 お預かりしたご遺骨は、骨壺に入れて左右の二室にお預かりします。骨壺には名前を記載しますから、将来、別なお墓に移したいといった希望がでた場合にも、対応できます。
 けれど、どなたからもそういった希望の申し出がない場合は、ある程度の期間を経た後に、この合葬墓にご遺骨を埋葬させていただきたいと思っています。
 お申し込みいただいた方とは契約書を交わさせていただきますが、その際にお示しする規約には、原則として13回忌を過ぎた場合は合葬墓に埋葬すると記載する予定です。
 現在は、親類とのつながりも薄れつつありますし、生涯独身であったり子供さんがおられなかったりと、個人墓を建てても継続して管理し続けることが難しい家庭が多くなっています。
 そのような事情の方で、他の方と一所に納まっても良いと納得されたお方から、お申し込みをいただければと願っています。
 もっとも、血縁関係はなくとも、ともに阿弥陀仏の教えをいただいた「仏の子」同士ですから、お浄土に生まれた後は家族以上のつながりとなります。お骨が一緒になることに何ら問題はないことですが。
 また現在林徳寺とつながりがないお方でも、林徳寺門徒となって、阿弥陀仏の教えに帰依してくださったならば、この永代供養墓にご遺骨をお預かりすることができます。 
 
 平成28年6月末
 本堂から山門に向かうと一番見えやすい壁に、永代供養墓の説明板を設置しました(写真左)。
 参拝用の地面には、長野県諏訪地方産の鉄平石を張ってもらいました(写真右)。雨の日も滑りにくく、参拝しやすいかと思います。
 
     平成28年7月6日
 あいにくの小雨の中でしたが、建碑式を行い(写真左)、その後本堂にてご尽力いただいた(株)トーアの社長様に感謝状を差し上げました(写真右)。
 これで永代供養墓が機能することとなりました。
 今後林徳寺が続く限り、歴代住職が責任をもって守って行かれるよう、しっかりと申し継ぎをしていきたいと願っています。