東日本大震災 洋上献花に参加しました(2012.3.11.〜12.)

 

 東日本大震災から早くも一年がたちました。
 
 このたび名鉄観光サービスから、仙台湾洋上でフェリーから海に献花をして、犠牲者の皆様や未だに行方不明の皆様の追悼をする催しの案内をいただきました。
 そこで、林徳寺住職夫婦と、新潟市仏教連合会の河合会長ご夫妻の四人で、この催しに参加することにいたしました。
 
 それぞれが独自に仙台市に向かい、宿で落ち合い、翌日の催しに参加したのちに解散という、自由度の高い旅行です。
 お互い住職同士で、固定された団体旅行の日程に合わせるのは困難な面があるという事からの選択でしたが、結果的に非常に良い選択だったと感じています。

 3月11日
 私たち林徳寺住職夫婦は、午前10時頃新潟を自家用車で出発しました。
 お昼は「磐越道」の磐梯山サービスエリアでとりました。 

 このサービスエリアから眺める磐梯山は本当に見事でした。
 私たちは11時過ぎに着いたため、まだお昼には早い時間だったこともあって、レストランの眺めの良い席を取ることができました。
 お昼の喜多方ラーメンもおいしかったのですが、この眺めがなお一層その味を引き立ててくれていました。
 「磐越道でこのサービスエリアまで来て、ゆっくりと景色を堪能した後にお昼を食べて、そのまま帰宅するような小旅行をしてもいいね!」という話が、夫婦の間で盛り上がった食事でした。
 食事の前後に、夫婦で夢中になって写真撮影をしてしまいました。
 ただ、サービスエリアの空き地には、まだ雪がたくさん残っていました。
 
 仙台市内に午後2時頃入ることができました。
 仙台空港で多くの自動車や航空機が津波で流されている場面をテレビで見たことが、強く印象に残っていましたので、空港の周辺がどのように変わっているかを見たいと思って出かけました。
 左の写真は、おそらくその津波によって流された自動車であろうと思われる残骸の山です。
 右の写真は、空港から海側の状況です。
 まだまだ復興と言うにはほど遠い状況を目の当たりにして、津波被害の大きさを実感しました。 
 一軒だけぽつんと、津波の被害も生々しい家が残されていました。
 この家以外にも多くの家があって、それは全て流されてしまったのかもしれないと思うと、ぞっとしました。
 この畳はどこからここに流れ着いたのでしょうか…
 きっとこの畳にも、悲しい物語がしみこんでいるのでしょう。
 畳に意識があれば、その物語を聞いてみたいものだと感じました。
  このような、多くの津波被害の痕を見て、夫婦ともに大きなショックを受けながら、空港近くの海岸までやってきました。
 
 すると、何もない砂原に多くの方々が集まっておられました。たまたまトラックが砂にはまって動けなくなっていましたので、それを押すお手伝いをさせていただき、お話をさせていただいたところ、その皆さんは、津波前にこの場所にあった乗馬クラブの方々だと言うことが分かりました。
 41頭いた馬のうち39頭が死亡し、またスタッフの1名が行方不明という、津波による多くの犠牲を出されたため、その追悼の黙祷をするために集まっておられたのです。
 「ここには厩舎があって、あそこは…、ここには…」と説明していただきましたが、今はただの砂原でした。   
 集まった皆さんは、犠牲になった馬の名前を記載したボードを用意され、 きれいにお花やにんじんなどの供え物を飾った祭壇をつくり、線香を立てて準備をしておられました。
 せっかくのご縁でしたので、私たちもお願いして、地震発生時刻 午後2時46分の黙祷に参列させていただきました。 
 帰宅後ネットで調べてみたら、ベル・シーサイド・ファームという乗馬クラブの方々でした。現在は場所を移転して、新たに
ベルステーブルという乗馬クラブをやっておられるようです。
 代表の鈴木さんは、まさに、砂にはまったトラックを運転しておられた方でした。
 ジュニア時代から馬術選手として活躍され、2010年まで国体宮城県チームの監督を務めたお方と知り、ご縁とはいえ、すごい人に偶然出会えたんだと、感動を新たにいたしました。その晩は、河合ご夫妻と秋保温泉で同宿し、歓談・酔談の一晩を過ごしました。
 3月12日
 朝食後宿を出発、10時の受付開始前に仙台港フェリーターミナルに到着しました。
 乗船した船は太平洋フェリーの「きたかみ」という、総トン数14000トンの大型フェリーです。
 12時に出港、船内のラウンジを会場に慰霊祭が無宗教の形で行われました。慰霊祭では、津波でご両親とその住まいを失い、ご自身の住まいも流失された、東松島市の女性が、遺族代表として思いをお話し下さいました。
 慰霊祭の後は、全員がデッキに出て洋上献花をすることになっています。
 その前に、せっかく参加したのだからと、河合会長とともに海に向かって読経させていただきました。その際、北海道から参加された高野山真言宗の僧侶の皆さんも、同じように読経をしておられ、参加くださった大勢の皆さんも合掌して下さいました。
 お聞きすると、この船には石巻市や東松島市の方が多く乗っておられたようです。海上から、まだ津波被害の痕も生々しい海岸地域の様子が見え、さぞつらい、切ない思いでおられたことであろうと思います。
 フェリーの汽笛を合図に一斉に献花し、その後合掌しておりますと、私でさえも涙が止まらなくなってしまいました。
 船にはマスコミの関係者も同乗しており、後日報道がなされたようです。
 
   最後に慰霊祭の会場で、北海道から20名以上でおいで下さった高野山真言宗の皆様が一周忌の法要を行って下さいました。是非とも大震災の犠牲者を追悼したいという思いから、皆さんで心を合わせておいで下さった事は、本当に頭の下がる思いです。法要実施に際して、私と河合会長にもお声をおかけ下さって、お経本を頂戴し、末席に加わることをお許しいただきました。
 
 この法要は主催者とは無関係に行われたものですから、参拝は自由参加という形でしたが、おそらく乗船された方の大多数は参拝下さったのでは無いかと思います。
 不慣れで足手まといの私たちが加わっておりましたが、厳粛な雰囲気の中で無事に法要が行われ、参加させていただいたことを本当に有り難く感謝申し上げたことでした。
 下の写真にあるような、津波被害の痕跡が感じられる風景を遠望しながら、フェリーは仙台港に帰
着しました。
 ただしこの写真は望遠レンズで撮影したものですので、このようにはっきり見えたわけではありません。
 
 フェリーから下りた後は、河合会長ご夫妻とは別れ、各自で帰宅の途につきました。
 私たち林徳寺住職夫婦は、少し仙台市内を散策の後、東北道・磐越道経由で新潟に向かいました。
 途中福島県内で、季節外れの猛吹雪に遭って難渋するというおまけはありましたが、何とか無事にこのたびを終えることができました。

 この震災・津波による被災者のことを、私たちはこれからも継続して支援させていただきたいものだと感じた旅でした。